救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119~すべては救命のために~
救急救命士の仰天現場報告 case10

パラメディック119仰天現場うそつけ!お前が殴ったんだろ!? up data 2007.3.11

ウソつけ!お前が殴ったんだろ!?

 救急車は119番されればどこにでも駆けつける仕事です。それがゆえに知られざるプライーベートな部分に踏み込んでいくことも珍しいことではありません。よく新聞やニュース番組で問題化されている家庭での暴力、ドメスティックバイオレンス、問題になっているのは知っていても身近に感じることはありません。私はもちろん大切な家族に手を挙げることなどありません。私の周りにもそんな人はいません、…とは言い切れないのですね、家庭内の暴力やドメスティックバイオレンスはプライベートな問題だけになかなか表に出てこないからです。今回のお話は家庭内なのか、ドメスティックバイオレンスだったのか…?しかし、若い女性が暴力を受けていたのは恐らく間違いない事案でした。

 「救急出場、20代の女性は転倒し顔面を受傷、出血があるもの」との指令に私たち救急隊は出場しました。

 出場途上。救急車内から通報電話番号に連絡を入れる。
救急隊員「もしもし、通報いただいた方ですね、救急隊です」
男性「救急隊?ああどうも」
救急隊員「転倒されてお顔にお怪我をされた女性がいるとのことでそちらに向かっているのですが患者さんの様子を教えていただけますか?」
男性「ええ、何か泣いてますよ」
救急隊員「泣いている?意識とかはありますね?ちゃんとお話はできますね?出血の状態はいかがですか?」
男性「ええ、泣いているんで大丈夫ですよ、血はまだ出ているみたいです、オイ!まだ血が出ているんだろ!」
電話の向こうでかなり荒い口調で傷病者の女性に問いかけています。
救急隊員「分かりました!もう少しで到着できますからお待ちください。出血している部分には清潔なタオルなどを当てて止血していてくださいね」
男性「ええ…」
電話に出た男性、声の口調から若い男性、ふてくされているようなそんな印象が電話口からも伝わってきました。情報収集の内容を救急隊長、救急機関員にも伝える。
救急隊員「…という状況です。電話に出た男性、大分口調が荒いですよ、チンピラみたいでした」
救急機関員「了解、転倒なんて言っているけどそいつが殴ったんじゃないのかね?」

 現場到着。現場はマンションの一室、救急隊は3名でその部屋のチャイムを鳴らしました。
ピンポ~ン!
救急隊長「救急隊です。開けてください」

ピンポ~ン!ピンポ~ン!
救急隊長「救急隊です。開けてください」

ピンポ~ン!ピンポ~ン!ピンポ~ン!ピンポ~ン!
救急隊長「救急隊です。開けてください!」
ガチャ…ドアが開いた。
男性「ああ…どうも、お願いします」
通報者の男性は思ったとおりまさしくチンピラと言って相応しい様相、金髪にどこで買ってくるのか?なんか淡い紫色みたいなスーツを着ていました。人を見た目で判断してはいけませんが、まっとうな社会生活を営んでいるとはちょっと思えない井出たちです。部屋の奥にはまだ数人の若い男女、さらに小学生低学年くらいの子どもがいました。不自然な環境です。
救急隊長「患者さんはどちらで…」
ドアを開いて2mくらい奥の廊下に若い女性が座り込んで泣いていました。
救急隊長「あちらの方ですね?失礼しますよ」
男性「ええ、お願いします」
救急隊長が部屋に入っていく。救急隊員、救急機関員がそれに続く。
救急隊員「失礼します」
はっ!…これは…。閉めようとしたドアの内側にはべったりと血のりがついていました。
男性「こいつそこでこけたんですよ、血がついているでしょ」
救急隊員「そうですか…分かりました」

 傷病者接触。
救急隊長「もう大丈夫ですよ、救急隊です、分かりますね?」
傷病者は20代の女性のFさん、泣いていました。
救急隊長「お怪我したのはどこですか?見せてもらいますよ」
Fさん「ひっく…ひっく…」
救急隊員「出血があるみたいですから止血処置をさせてもらいますからね、頭からをみせてくださいね」
救急隊員がFさんの頭を上げるとFさんの顔面、特に左目周辺が腫上がっていました。出血は頭部から少し切っていましたがこちらはたいしたことはありません。
救急隊員(やっぱり殴られたんだ…、転倒でこんな風になるはずがない…)
救急隊長に目で合図を送る。救急隊長も「分かった!」と目で合図を送った。
救急隊長「頭を切られているみたいですね、ガーゼを当てて止血しますからね、お顔にもお怪我をされてますね、これも転んでやったのかな?」
Fさん「…」
救急隊員「ガーゼを当てますよ、少し痛いかもしれませんけど我慢してくださいね」
救急隊長「頭と顔以外に怪我してないですか?本当に転んで怪我をしたのかな?私たちも怪我をした過程をしっかりと病院の先生に伝えてから搬送しますからきちんと教えてください」
男性「玄関で転んだんですよ、ドアノブに血がついているでしょ?あそこで転んだんです、そうだろ?ちゃんと言わねえと分からねえだろ~が!」
救急隊員(ウソつけ!お前が殴ったんだろ!?)
Fさん「…」
救急隊長「分かりました。えっと…あなたはFさんのご主人に当たる方ですか?」
男性「えっ?オレすか?…彼氏ですけど…」
救急隊長「病院に一緒に行ってくださる方はあなたですか?」
男性「ええ…」
救急隊長「それでは救急隊はこれからFさんを救急車にお連れして病院に連絡してから出発しますから病院に行く支度をしてもらえますか?」
男性「…はい、分かりました」
男性が他の男女がいる部屋に行った。救急隊長が小声でFさんに話しかける。
救急隊長「ねえ、Fさん、本当に転んで怪我をしたの?あなたを病院にはお連れするけどそれだけで大丈夫なの?あなたがちゃんと話してくれないと力になれないかもしれないよ」
Fさん「…」
Fさんは何も言ってくれませんでした。ただ泣いているだけ。Fさんをサブストレッチャーに収容して部屋から搬送することにしました。もちろん先ほどの男性がついてきました。

 車内収容。Fさんと彼氏に当たる男性を救急車に乗せてリアドアを閉めた。詳細なバイタルなどはすべて部屋で測定してきました。傷病者管理は車内の救急隊長に任せて救急隊員は救急車の外で病院に連絡します。連絡の内容をこの彼氏に聞かれたくないからです。この時は直接先生に話したい内容があると電話口に医師に出てきてもらいました。
救急隊員「…という患者さんです」
医師「頭部と顔面、左目周辺だね?」
救急隊員「はい、先生、同乗者の男性は転んだと言っています。ご本人は何も応えてくれません」
医師「殴られたってことだよね?」
救急隊員「ご本人が何も言ってくれませんので分かりませんが、その可能性は充分にあると思います。このような患者さんなので先生に直接連絡させていただきました。診察お願いします。」
医師「分かりました。どうぞいらしてください。」
救急隊員「ありがとうございます。すぐにそちらに向かいます。」
私たち救急隊は基本的に推定情報で動きません。活動記録にも見たまま聞いたままの情報を記載します。状況から見て殴られての受傷でしょう。でも見た訳ではありません。でも見れば分かること。ただ見たまま聞いたままを医師に伝えて搬送すれば、「それでもお前らプロなのか!」一喝されることでしょう。何より傷病者のため、医師にもそのような事情を抱えているかもしれない患者が来ると準備してもらっていた方がいい。

 病院到着。診察室。
医師「こんにちはFさん、ずいぶんとお顔が腫れていますけどどうしました?」
Fさん「…」
医師「あなたがちゃんと言ってくれないと何も始まらないんだよ、私はただあなたを治療すればいいの?」
Fさん「…」
救急隊長「先生、よろしくお願いします。救急隊は引き上げます。」
医師「ああどうも、お疲れ様でした」
救急隊長「Fさん、お大事にね、あなたが言わなくちゃ誰も力になれないんだよ」
Fさん「…」

 帰署途上。
救急機関員「ひでえ男だよな」
救急隊長「力いっぱいぶん殴ったんだよ、あの顔…」
救急隊員「きっと吹っ飛んでドアノブで頭を切ったんでしょうね、それが一番考えられますよ」
救急隊長「あの子先生に本当の事言うと思う?」
救急隊員「どうでしょうね…、診察室で彼氏がいないの分かっていてもそれでもだんまりでしたもんね…」
救急機関員「かわいそうに、それでもあんな男といっしょにいる意味あるのかね?オレの娘があんな男連れてきたらオレどうしよう…」

 Fさんがお医者さんに彼からの暴力で受傷した旨を伝えてくれれば医師も動きようがあります。診断した上で警察に連絡することもできるでしょう。Fさんの「本当の事を言う」勇気がなければ何も始まりません。彼女にそれができたのかどうか…?私は一生懸命働いて、家族と平和に楽しく暮らしています。そんな日常もあればこういった事情に苦しむ方もいるのですね。

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